- ・会社を経営している高齢者の方
- ・経営者が高齢で認知症が不安な方
経営者層の高齢化が進んでおり、万が一、経営者が認知症になって判断能力がなくなってしまうと、重要な経営判断や株主総会の決議等ができない膠着状態に陥るリスクがあります。
ここでは、会社代表者が認知症になった場合のリスクや対処方法について解説します。
【目次】
- 1. 会社代表者が認知症になった場合のリスク
- ① 会社の信用を失う可能性がある
② 認知症の進行度によっては取締役を退任しなければならない(注意:令和元年度会社法改正) - 2. 会社代表者が認知症になった場合の対処法
- ① 会社代表者が単独のケース
② 会社代表者が認知症になり、役員が複数いるケース - 3. 会社代表者が認知症になったときの注意点
- ① 後任が選任されるまで時間がかかる可能性がある
② 任意後見を利用した場合、一時代表取締役の制度を利用できない - 4. 認知症になる前に会社の進退を決めておこう
- ① 後継者に継がせる
② 廃業の手続きを行う
1. 会社代表者が認知症になった場合のリスク
① 会社の信用を失う可能性がある
経営者が認知症になってしまうと、適切な判断が難しくなり、経営判断の質の低下を招いたり、その言動によって顧客や取引先からの信用が低下したりしてしまう、などの弊害があります。また認知症が進行し、契約時に経営者に意思能力がなかったことが事後に発覚した場合、契約自体が無効となるリスクがあり、会社の信用が失われるおそれがあります。
② 認知症の進行度によっては取締役を退任しなければならない(注意:令和元年度会社法改正)
経営者が認知症になると、場合によっては取締役及び代表取締役を退任しなければなりません。
認知症の進行度によっては、「後見開始の審判」が必要になります。
「後見開始の審判」とは、精神上の障害(認知症など)によって判断能力が常に欠けている方(本人)を、成年「被」後見人として保護する制度。
後見開始の審判を受けると、本人のために成年後見人が選任される。
成年後見人は本人の財産に関するすべての法律行為を、本人に代わって行うことが可能です。また成年後見人(または本人)は、本人が自ら行った法律行為を、日常生活に関するものを除き、取り消すことができます。
そして、会社と取締役等との関係は、「委任」に関する規定に従うとされています(会社法330条)。
取締役または代表取締役の任期中に「後見開始の審判」(注1)を受けると、委任契約の終了事由(民法653条3号)に該当します。これにより会社との委任関係が終了し、取締役等を退任しなければならなくなります(参考:『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務)267頁。なお、改正法の施行日は2021年(令和3年)3月1日)。
すなわち、取締役等が任期中に「後見開始の審判」を受けた場合は、自動的に取締役等を退任しなければなりません。
ですが、成年「被」後見人や、「被」保佐人(判断能力が著しく不十分な方)が取締役に就任すること自体は問題ありません(令和元年度会社法改正による取締役の欠格事由(会社法331条1項2号)の削除)。
そのため、取締役等が任期中に後見開始の審判を受けて退任したものの、取締役等に再任することは可能です。ただし、成年「被」後見人が取締役に就任するためには、その成年後見人が、成年「被」後見人の同意を得た上で、成年「被」後見人に代わって就任の承諾をしなければなりません(改正会社法331条の2第1項)。
- 注(1)
- 上記の通り、後見開始の審判は委任契約の終了事由に該当するが、保佐開始の審判は委任契約の終了事由に該当しないため、取締役等が被保佐人となっても当然には退任しない(前掲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務)267、268頁注(3)参照)。
2. 会社代表者が認知症になった場合の対処法
ここでは、経営者が認知症になった場合の対処方法について解説します。
- ・ 経営者が唯一の会社代表者であるケース
- ・ 経営者のほかに役員(取締役)がいるケース(取締役会を設置しているケース)
で手続きの流れが以下のように異なります。
① 会社代表者が単独のケース
認知症になった経営者が唯一の会社代表者(代表取締役)の場合、会社を存続させるのであれば、経営者を取締役から退任させて、新しい取締役を選任する必要があります。
法的手続きの流れは以下の通りです。
- 後見開始の審判で(代表)取締役が退任
- 株主全員の同意で招集手続きを省略
- 株主総会で新しい取締役を選任
なお、取締役は少なくとも1人は会社にいなければならず(会社法326条1項)、新しい取締役の選任を怠っていると100万円以下の過料に処されます(会社法976条22号)。総会を開催できないなど、すぐに新しい取締役を選任できない事情がある場合は、裁判所に一時取締役(仮取締役)選任の申立てを行いましょう(会社法346条2項)。
経営者が代表者兼筆頭株主の場合も少なくありませんが、その場合は経営者の成年後見人が経営者に代わって、株主総会で議決権を行使することになります(民法859条1項参照)。
少し応用的な内容になりますが、「任意後見契約」を活用する方法もあります。
「任意後見契約」とは、本人が認知症などで将来的に判断能力が低下した場合に備えて、信頼できる者を後見人に指名しておく契約のこと。
成年後見制度などの法定後見制度では、本人(経営者)の意思を介さずに裁判所が後見人等を選ぶことになります。他方で、「任意後見契約」では本人(経営者)の信頼している者をあらかじめ後見人に指名しておくため、本人(経営者)の判断能力が低下した後でも、本人(経営者)の希望にかなった手続き・後継者(新しい取締役)が選択されることが期待できます。
特に法定後見制度の場合、後見人が選任されるまで少し時間が掛かるため、会社経営に支障を来す恐れがありますが、任意後見を行っていれば、総会の招集や新しい取締役の選任などをスムーズに行うことができます。
ただし、任意後見人が本人(経営者)の代わりに行える活動は、任意後見契約書の別紙「代理権目録」に記載されている法律行為しか行うことができないため、任意後見契約を活用する際は、弁護士等の法律専門家に相談することをおすすめします。
- 注(2)
- なお、後見開始の審判により退任した(代表)取締役は権利義務(代表)取締役(会社法346条1項、351条1項)とはならない。
② 会社代表者が認知症になり、役員が複数いるケース
役員が複数いる場合(取締役会を設置している場合)も、会社代表者が単独の場合と基本的には同じです。経営者を取締役から退任させ、新しい取締役を選任し、取締役の中から代表取締役を選定します。
ただし、取締役会を設置している場合、手続きの流れは少し異なります。
取締役会を設置している会社というのは、取締役は少なくとも3人必要とされています(会社法331条5項)。
もしも、経営者の認知症が進行し、後見開始の審判を行った場合、自動的に取締役・代表取締役は退任します。すると、経営者が取締役を退任したことで取締役が2人となり、欠員(=定員に満たない状態)が生じ、新しく取締役を選任しなければなりません(あるいは、定款を変更して取締役会を廃止する)。
新たな取締役の選任には、株主総会で行わなければならないのは前述の通りです。残りの取締役2人が取締役会を開催し(3)、株主総会を招集して(4)、新しい取締役を選任します。
なお、欠員が生じている場合に、新しい取締役の選任を怠ってしまうと、前述した通り、100万円以下の過料に処されます。総会を開催できないなど、すぐに新しい取締役を選任できない事情がある場合は、裁判所に一時取締役選任の申立てを行いましょう。
経営者が取締役を退任しても欠員が生じていないケースでは、取締役会を開催して、取締役の中から新しい代表取締役を選定すればよく、上記のような手続きを取る必要がありません。そのため、経営者が認知症になってしまった場合に備えて、補欠取締役(会社法329条3項)を選任しておくことも検討してみましょう。
当事務所では、認知症のケースではありませんが、代表者が突然亡くなったケース、株主と代表者が実質的に対立しているケース、筆頭株主が亡くなり相続人がいないケース等、株主総会や取締役会が機能不全に陥ってしまったケースでも、法的な手続に則り、株主総会、取締役会の開催までこぎつけ、会社経営の機能回復を実現したケースもございます。
- 注(3)
- 取締役会は、「議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)」で決議を行うため、取締役が定員3名のところ2名しかいなくとも、取締役会決議を行うことができる。
- 注(4)
- 株主総会の招集について、定款で「株主総会は、法令に別段の定めがある場合を除き、取締役会の決議により、取締役社長(代表取締役)が招集する。」旨の規定が置かれている場合がある。しかし、併せて「取締役社長に事故があるときは、あらかじめ取締役会の定めた順序により、他の取締役がこれに当たる。」旨の規定も置かれているのが一般的なので、あらかじめ取締役会で総会を招集できる取締役を決めておく必要がある。上記のような定款の規定がない場合は、事前に定款の整備が必要だが、このような規定がない場合は、一時代表取締役選定の申立てを行うことや、後見人の議決権行使が考えられる。
3. 会社代表者が認知症になったときの注意点
経営者が認知症になった場合の注意点として以下の点が挙げられます。
① 後任が選任されるまで時間がかかる可能性がある
ケースにもよりますが、何ら対策を行っていないと、上記のように新しい取締役・代表取締役を選任・選定するまでにさまざまな手続きを経なければならず、後任経営者が決まるまで時間が掛かる可能性があります。また、後任を誰にするかについて意見が割れる場合はさらに時間が掛かり、会社経営に大きな支障をきたすリスクがあります。
② 任意後見を利用した場合、一時代表取締役の制度を利用できない
役員が欠けた場合や、会社法もしくは定款で定めた役員の定員が欠けた場合、利害関係人の申立てにより、裁判所から一時役員取締役等職務代行者(一時(代表)取締役など)の選任を認められます。
しかし、役員が欠けた場合等で、いつでも一時(代表)取締役の制度を利用できるわけではなく、一時(代表)取締役の必要性を認められないこともあります。
例えば、任意後見を利用した場合、付与されている権限にもよりますが、後任取締役の選任のための株主総会を開催することが可能であると判断されると、必要性の要件を欠くことになります(裁判所|一時取締役・監査役職務代行者(仮役員)選任申立ての方法等(会社非訟事件))。
対処法としては、
- (1) 任意後見人が経営者の代わりに株主として活動して、株主全員の同意で招集手続きを省略し、新しい取締役を選任する
- (2) 任意後見契約の内容に役員辞任の権限を付与しておく
などが考えられます。
4. 認知症になる前に会社の進退を決めておこう
このように会社代表者が認知症になってしまうと、会社にとって大きなリスクが生じます。代表者が認知症になる前に会社の進退を決めておきましょう。具体的には、次の選択肢が考えられます。
- ・ 後継者に継がせる
- ・ 廃業の手続き
① 後継者に継がせる
会社を存続させるのであれば、会社代表者が認知症になる前に後継者に継がせる、いわゆる「事業承継」を進めていくことが重要です。「事業承継」とは、後継者に会社の経営者(代表者)の地位及び株主としての地位を引き継がせ、事業を継続してもらうことをいいます。
国や自治体は中小企業の事業承継を積極的に推奨しており、事業承継に関する各種支援施策を整備しています(中小企業庁|財務サポート「事業承継」)。また従来は、経営者の親族から後継者を選択する「親族内承継」がほとんどでしたが、近年は優秀な従業員の中から後継者を選択する「従業員による承継」、M&A等の実施による「社外への引継ぎ」を行う企業が増加しています。
万一、会社代表者兼大株主であるオーナー企業の社長が認知症になってしまうと、事業承継に必要な手続きが複雑になり、スムーズな事業承継ができなくなります。経営者が元気なうちから事業承継を進めておくことで、安心して事業を継続することができます。
② 廃業の手続きを行う
「後継者がいない」
「事業の将来性がなく、潮時と考えている」
「負債を抱えているため、関係者に対する迷惑を最小限にしたい」
などの理由で会社経営を継続できないと判断した場合は、廃業手続きを行います。もっとも、廃業することで日本経済や社会を支える貴重な雇用や技術が失われるリスクがあり、自社の従業員や取引先等に大きな影響を及ぼすことになります。このようなリスクも考慮したうえで決断しましょう。
神楽坂総合法律事務所は、リーガルサービスの質の良さと迅速さにこだわります。司法書士や行政書士をはじめ、社会保険労務士、土地家屋調査士、不動産仲介会社、遺言執行専門の法人との連携により、ご依頼者様の抱えるさまざまな不安や問題の解消を目指します。
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